戦略的イノベーション創出推進プログラム「革新的医療を実現するためのバイオ機能材料の創製」
基材に対して水素引き抜き反応やラジカル生成反応を光信号により誘起する化合物はよく知られています。例えば、フェニルアジド基、ケイ皮酸エステル(シンナモイル)基あるいはジフェニルケトン基(ベンゾフェノン構造)が挙げられます。一方において、これらの光反応基を側鎖に導入したメタクリル酸系モノマーについては、合成されていないか、小スケールでの合成が報告されているのみです。マテリアルとしてポリマーを考える場合には、純度と収率の高い反応系と、スケールアップすることができる単純かつ安全な合成ルートの開拓が求められます。また、これらの光反応基はラジカル反応に対しても鋭敏であり、MPCを含む他のモノマーとの共重合の際に失活する可能性があります。
光反応性モノマーを、Schotten-Bauman反応を利用して高効率にて合成する条件を確立します。側鎖末端に活性水素を有するメタクリル酸エステルを出発原料として、収率80%、純度95%を目指して合成します。重合開始剤系を考慮し、モノマー反応性比、分子量などを制御できる重合条件を見いだします。
医療デバイスの特性を十分に発現させるためには、安定な表面修飾ポリマー層の構築が不可欠です。溶液からのポリマー被覆では、乾燥時の厚みが数nm程度であるため、生体環境下、応力やせん断力が生じる状態で安定した機能発現が困難であることが指摘されています。
基材に対して共有結合をする、ポリマー層内で橋掛け反応を生じるなどにより、安定な界面創製を実現します。光反応性ポリマーの架橋反応と積層の実現、表面からの光開始グラフト重合、特にPEEK表面に存在するベンゾフェノンユニットを開始剤系としたグラフト重合を確立し、厚みを100~200 nmのレベルとします。これにより、ポリマーを表面に固着させるとともに、ポリマー層の安定化を図ります。このためには、高感度で光反応を生じる系を探索することが必要です。一方で、ポリマーブラシのようにポリマー鎖が0.1本/nm2以上の高密度にすることで、潤滑特性、親水特性が向上することが示されています。そこで、光イニファーター系を適用して医療デバイス表面に構築する方法を確立し、この特性を付与します。ここで、マテリアル光科学による標準表面の創製法を確立します。特に、エンジニアリングプラスチックであるPEEKの利用を考案し、その医療デバイスへの利用を促進するような表面構築を進めます。また、ポリマーブラシ、ポリマーマトリックス(ゲル)など、バイオマテリアル研究の基盤となる高機能表面を、光反応により創製します。ポリマー層を数nmからμmオーダーの厚み制御のみならず、パターン化、不均質マトリックス、特異的異方性、微細加工など、光反応の特徴を活かして形成し、バイオマテリアル標準表面をつくり出します。PEEKを基盤材料として、項目①で合成した生体親和型光反応性ポリマーのパターン化、積層化、あるいはドメイン化などの表面創製法を開拓します。また、光グラフト重合系に関しては、ポリマー鎖の密度やグラフト重合層の厚さに関連しさせて、選択部位に細胞非接着性(バイオステルス特性)と細胞接着性(より積極的に細胞を結合し、組織化する表面)を作り分ける技術を開発目標とします。
細胞系の材料表面の挙動を完全に制御することが必要です。人工弁を安定に固定化するとともに抗凝固剤なしの環境で長期間動作させるためには、血液接触面での抗血栓性と周辺の組織へ接合する軟組織結合性が不可欠です。一方、人工関節には、摺動面での高潤滑性と骨接合面の硬組織親和性が求められます。また、人工顎骨は部分的に骨接合面と軟組織接着があることが求められます。
PEEKを基盤材料として、光反応性ポリマーを利用した光修飾を行います。パターン化、積層化、あるいはドメイン化などの表面創製法を開拓し、選択部位に細胞非接着性(バイオステルス特性)と細胞接着性(より積極的に細胞を結合し、組織化する表面)を作り分ける技術を開発します。さらに、この表面の細胞接着性、抗血栓性を評価し、細胞接着制御に最適な表面構造、ポリマー層の効果を明確にします。この表面でのタンパク質吸着から始まる血液凝固反応、免疫反応、炎症反応などを解析することで、材料/生体間の相互作用を解析し、材料設計の基盤を構築します。
表面の化学構造とタンパク質吸着に関連するパラメーターを明確に定量化できる方法を、全反射蛍光顕微鏡(一部改造)を駆使した解析により確立します。さらに、この表面の細胞接着性を評価し、細胞接着制御に最適な表面構造、ポリマー層の効果を明確にする技術の検討を開始します。MPCポリマーをグラフト化したPEEKを材料として、この表面でのタンパク質吸着から始まる血液凝固反応、免疫反応、炎症反応などを対象として、材料/生体間の相互作用をタンパク質吸着量・吸着速度(QCM-D, SPR)、タンパク質の吸着分布・凝集(金コロイド標識免疫分析/走査型電子顕微鏡)、タンパク質の吸着厚さ(蛍光標識免疫分析/全反射蛍光顕微鏡)解析し、材料設計とバイオマテリアル開発として要求されるスペックを決定する基盤を構築します。材料表面でのグラフトポリマーあるいは固定化した光反応性ポリマー鎖の分子拡散運動、応力応答特性を生体の特性を関連させて考察できる標準表面を創製します。これにより、開発する医療デバイスのスペックを決定することが可能となります。すなわち、抗血栓性はもとより、潤滑性・耐摩耗性、接触面での血液流動特性、バクテリア付着・バイオフィルム形成特性など長期に生体内に埋植する際に検討すべき界面特性の基盤を構築します。骨組織形成反応については、Hank’s液をモデル環境として、基材を浸漬して表面に形成されるリン酸カルシウム量を定量することで評価します。
高機能性ポリマーは、その消費量の関連で大規模に製造されることは少ないです。一方、バイオマテリアルを考えると規格化された設備で安定に供給するためのプロセスの確立が求められます。
光でラジカルを生じ、水素を引く抜く反応なのでアルキル基があれば全て反応する可能性があります。架橋反応が生じるかどうかは、光反応性官能基の存在密度とラジカル寿命に依存します。したがって、これを制御できるように、光反応性官能基の種類とポリマー構造の多様化が不可欠です。東京大学では研究室スケールで光反応性モノマーの合成に成功していますが、これを工業化するにあたり多くの課題を克服する必要があります。したがって、強力な連携のもと日油(株)により製造プロセスを構築します。特に、日油(株)ではMPCモノマーの合成から工業化で培った経験を活かして、バイオマテリアルグレードのモノマー製造を実施します。まず、50 L程度の容量を持つ反応容器を利用して、効率の良い反応系により光反応性ポリマーの安定合成を図ります。表面処理に至適な溶解性、光反応特性を考慮し、ポリマー中のモノマー組成、分子量あるいは構造なども要点として合成系を確立します。工業的規模で合成する場合には、研究室レベルと異なり使用する溶媒、試薬、排出されるガスなどに大きな制約があります。研究室での合成では得られないスケールエフェクトも考え、設計図は東京大学で作成されたものを利用し、システム化と工業プロセス設計を日油(株)が分担して、最高の性能を、安定に保証できる製品とします。
PEEKの加工法を確立し、医療デバイスとしての加工精度や表面での光反応特性などを確定することが必要です。
京セラメディカル(株)においてPEEKの切削加工条件を系統的に検討することで、人工弁や人工股関節ライナーに適した形状に加工します。また、東京大学と関西大学において開発する方法(ステージ項目②)にて、表面に光反応で厚さと密度の異なるポリマー層を形成させることで、機能化を図ります。in vitroにおいてシミュレーション試験を行い、長時間の動作、機械的特性と機能維持を確認します。とくに工業的製造を視野に入れて、製造のための問題点、改善点を課題としてまとめ、これを解決するための検討を繰り返します。
医療デバイスの製造承認を獲得するにあたり評価プロトコールの確立が必要であるため、京セラメディカルにて作成されたプロトタイプの医療デバイスに対して、光反応性ポリマーによる表面修飾、表面からの機能性ポリマーの生成(グラフト重合、分子積層、架橋構造形成)反応による機能化を行い、これを利用して医療デバイスのin vitro、動物実験での評価を担当している東京大学、関西大学、国立循環器病研究センターと議論を重ねながら、光反応性ポリマーのスペックを確定し、品質管理方法について確立します。
生体内環境において、多くの夾雑物が存在する場合においても光反応が可能、さらに生体組織に影響を与えないように350 nm以上の光による反応が可能なポリマー種の創製および反応条件について、明確に示すことが求めらます。
in vitroにおいて血漿を用いるなど生体環境を模した条件をつくり出し、ステージ項目①、②の結果を検証します。血液中の夾雑物として存在する酸素あるいは酸化還元分子など重合反応を妨げる効果を防ぐために、この際には、芳香族アジド基やベンゾフェノン基などの光反応性基を含むMPCポリマーを利用します。短時間での反応が進行できるようにするための光反応過程の解析、光反応性ポリマー層の構造と機能の確認を行います。生体親和型光反応性ポリマーによる光反応表面修飾を行う際に、光反応を数分間で終了する効率の高い反応条件を設定しすることは必須です。生体内において光反応させることができる光照射器を開発すると同時に、シリコ−ン製の模擬体内構造(カテーテル挿入技術の修練用デバイス)を用いて標的部位までファイバーを移動させる技術を確立し、次ステップでの動物を利用した本格的な検討につなげます。
動物実験条件の確立と評価する項目の抽出
このステップにおける最終段階として、医療デバイスの性能と安全性を、動物モデルを利用しての試験を行ないます。国立循環器病研究センター研究所において、循環器系医療デバイスとして人工弁の埋め込み術を行います。体重30-50kg程度のブタを実験動物として使用することで、ヒトの生体内環境のシミュレーションが可能と考えます。また、血液適合性(抗血栓性)評価として、血液モニタリング、内視鏡およびエコーによる観察を行うことで、生存状態での評価を行います。一方で、所定期間経過した後に、動物を犠牲死させ、埋め込んだ人工弁と周辺生体軟組織との反応について、細胞レベルで評価します。遺伝子解析を行い、生存時における反応の進行を推定します。
京セラメディカル(株)と協力し、人工股関節のライナーの機能評価をin vitroにおいてシミュレーション試験により確認します。連続1000万回(実生活において10年間に相当)以上の長時間の動作(1Hzで連続試験してほぼ6ヶ月の長時間評価)と機能維持を目指します。
医療デバイス開発に向けて、マテリアル光科学の有効性を確認
医療研究機関(東京大学、国立循環器病研究センター研究所)において動物実験を中心として研究を進めると同時に医療デバイス製造企業との多角的協力により、動物実験において有効性が確認できたマテリアル光科学および表面処理技術の医療デバイスへの実装を図ります。表面処理を施したプロトタイプの医療デバイスに対して、動物実験を行い治験実施に向けての資料をまとめます。この際に、不具合がでた医療デバイスをin situ(生体内に装着したまま)にて修復するために、血液中の夾雑物の影響を受けにくい光反応性ポリマーを用いて生体内医療デバイス修復という革新的な医療の提供を図ります。
医療デバイスの製造承認を獲得するにあたり評価プロトコールが必要
人工弁の血液接触面形成や人工股関節の摺動面形成については、X線光電子分光測定、顕微全反射赤外分光測定、接触角測定などの結果と動物実験の結果との相関より、安全に医療機能性を発現する際の最低要求性能を明確にします。
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